カウンセリング

当寺院のカウンセリング ~伝統と最先端が出会った~

医師で僧侶の斉藤 大法が、行う
現代科学的知見(心理学や脳科学的知見)仏教心理学仏教的祈り(瞑想)
を融合した新たなカウンセリング

それは、不安とストレスに満ちた現代社会を生きる人々に、これまでにない深い癒し、安らぎ、生きる力をもたらすものです。

科学の目覚ましい進歩の結果、かつてはごく一部の人が行う宗教儀式とみなされていた ”祈り(瞑想)” が、きわめてすぐれた心理療法でもあることが立証されています。

日々の生活の中で起こる、自分ではコントロールしがたい、不安、怖れ、怒り、人間関係のストレス

どうすれば、これらの問題から解放され、平安で幸せな人生を歩む(あるいは回復する)ことが出来るのか?

ストレス社会に生きる私たちにとっては、これは最重要な課題です。
こうした苦悩に対して、現代医療の主流である薬物療法は、それなりの効果はありますが、根本的な解決にはならない場合が、少なくありません。それに副作用や薬物依存という問題もあります。また従来の精神・心理療法では、なかなか解決されないという方の声も少なからず聞かれていました。

今ここに古くて新しい、もう一つの道が拓かれようとしています。

それは、瞑想とその科学です。

これまで一部の人にしか実践されてこなかった瞑想という、一切の迷いやカルマから解放されて高い精神状態を実現するための叡智が、いま最先端の科学によって解明され、宗教という枠を超えて、現代人の不安や苦悩を克服して深い幸せを実現する生活の技術として広がろうとしています。

米国では、既に祈りや瞑想が医療として普通に用いられています。仏教を医療の現場で応用している精神科医も登場しています。
この点において日本は、やや出遅れている感がありますが、日本の仏教瞑想の歴史は、はるかに多くの体験や智慧を湛えているのです。それは、深いレベルでの心の癒しや苦悩からの解放を実現するものです。

さらに言えば、瞑想の内容と質は、それを実践・指導する人の誠実さと慈悲の深さによっています。
当寺院は、以上心の科学(脳科学、心理学)と仏教的瞑想を統合し、現代を生きる人々に適した新たなカウンセリング&祈り(読経瞑想)を提供させていただきます。

簡単な自己紹介から

今から30年以上前、当時精神科医であった私は、縁により、唱題という仏教の実践を体験することになりました。そこで起こったことは、雪だるまのように膨らむしかなかった不安や悩みが、短時間で一掃され、それまでの人生で全く体験したことのない極めて清々しい気分となり、生きる自信と勇気が沸き上がったのです。これを知った私は、医療よりもこの仏道実践を探求したいという思いが、勝り、結果僧侶となりました。

仏道によって私に何が起こったものとは?

突き詰めると、それは二つの事でした。

ひとつは、法華三昧(ほっけさんまい)を得たこと。

一日中釣りばかりに熱中していることを「釣り三昧(ざんまい)」などと言います。そのように三昧とは、「集中」している状態を言います。
古来より日本では、言葉には「言霊(ことだま)」があると信じられてきました。まさに仏教の言葉は、単なる心のイメージを表現しただけのものではなく、人智を超えた奥深い”たましい”を含んでいます。
妙法蓮華経という言葉に完璧なまでに集中して自我を超え、自分が妙法蓮華経と一つになった時、妙法のたましいが自らに輝き現れるようになるのです。それは、「ああしたい」「こうしてやりたい」というような自我意識による自家発電的な力ではなく、仏法という無限の領域よりも湧き上がるようにもたらされる慈悲と智慧なのです。 
このことこそ、通常のカウンセリングや心理療法ではあり得ない力の根源なのです。

もうひとつは、普通には気づけない深い心の働きがわかったこと。

仏教は、すでに1500年も前に潜在意識について詳細に解明し尽くしているのです。
すなわち無意識の深い領域より起こる心の働きを説明することが出来、過去や過去世に積み重なった感情や行動の記憶(業)を解放し、さらにはすべての迷いの根元さえも破ることも不可能ではないのです。
その時、心の闇を突破した明朗な”いのちの輝き”が現れ出るのです。ここに心の本当の健全さがあります。