3月30日午前5時半、仏陀は、修行に入る、と言われた。
「日本編」企業シリーズ 11
妻は衰弱していった。男は、帰宅すれば妻を介助し、優しい言葉をかけ、共に苦しみと痛みを味わった。男にとって妻の痛み、苦しみは、我が身の苦しみだった。 夢中で看病をした。気が張り詰めていた。 男の魂は強かった。 いま、一日一刻妻と過ごせる時間が、宝だった。男は、自分の心労については誰にも言わなかった。
痛みに苦しんだ妻は、ついに終末の時を迎え緩和ケア病棟へ入院した。そして1ヶ月後、息を引き取った。
葬儀が、終わった。
男は、帰宅すると仏壇に掌を合わせ、妻に1日の報告をした。夕食時も影膳をし、妻と食べた。仕事に行く途中も妻に話しかけた。「答えてくれない。 声が聞こえない」と嘆いたが、妻の体は無くなっても魂が傍にいる気がした。 ある晴れた日、散歩で遠出をした。 大きな川の土手に座り、自分の人生を振り返った。「激動の人生だった」と思った。 「窮地に立たされると人に助けられた。 妻に助けられた」と喜びをかみしめた。 良心が咎めることなく生きられたことに感謝した。
男は、妻をなくした悲しみから立ち上がった。会社で働く様子は、元の姿だった。 よく気配りし、取引き先を大事にした。 同僚の陰口を言わず、部下を愛した。
社長は、男の働く姿を見ていた。 ある時、男は社長に呼ばれた。社長が、海外へ視察に行くので同行して欲しい、とのことだった。 かつてのクッキー会社で得た知恵を生かし、意見を参考にしたいとのことだった。 男は、社長に同行し海外施設を回った。 帰国後男は、自分の考えをまとめて分厚い『海外視察レポート』として社長に提出した。社長は、レポートの内容を見て「参考になる」と喜んだ。 社長は、会議を開いた。視察の結果を参考に新製品を作ることが決まった。新製品は評判が高く、良く売れた。会社の利益は、上がった。喜んだ社長は、男のボーナスを倍に増やした。男は、今まで貯めておいた金とボーナスを合わせて社長に借金を全額返済した。
男は売上を伸ばしても謙虚だった。威張らなかった。取引先や社内の評判も良かった。よく働いた。
人事移動の会議が、開かれた。社長は、次期社長に男を推薦した。全員一致で、男が次期社長に決まった。異例の昇進だった。 誰にも認められる働きと人間性が評価されたのであった。
仏陀は、「人間常に己れに誠実に生き人を助ければ、自分が窮地に陥った時、救われる。 過去の辛い経験や苦しみの経験は、人生の宝である。 国も同じである。 自国のことばかりに囚われていると本当の窮地に陥った時、どこの国からも援助を得られない。国は、過去の苦い経験、辛い経験を生かさねばならない」と、言われた。