<天からのメッセージ(虚空でのお話) 104>

2025年9月20日、朝9時35分。
女の仏様(仏陀)です。

皆様おはようございます。やっと涼しくなり、ほっとしますね。本日は、お彼岸の入りですね。お彼岸の入り近くになりますと、スーパーの店頭には、お彼岸用の供物、花、果物が並べられ、忘れていても、しっかり知らせてもらえます。この展示を見て、仏壇を掃除したり、お墓参りの計画を立てる方も多いと思います。皆様は、お墓参りはどのような気持ちでいらっしゃいますか?

お彼岸は、ご先祖様や亡き方に日頃の感謝の気持ちをささげ、墓掃除、お墓参り、仏壇の掃除をしたりして仏様(御霊)と魂の交流をします。お墓参りをすると、日頃、あちらの世界で修行を積んでいる仏様(御霊)が会いに来てくださいます。
私たちは、お墓に掌を合わせて、仏様(御霊)と交流し、供養するのです。しかし、お墓が遠くて行けない方、行かなくても、心で亡き方をしのんで掌を合わせても魂には通じます。一番大切なのは、日常生活で、ご先祖様、ご縁のあった亡き方の魂に感謝することです。一日一回、仏壇に掌を合わせてください。南無妙法蓮華経と唱えてください。お題目は、亡くなった方を養うご飯です。亡くなった方への一番の供養なのです。
仏壇がない方は、場所はどこでも良いのです。心で念じ掌を合わせて祈ってください。お彼岸にお墓参りできなくても、毎日祈りますと仏様(御霊)と心が通じるのです。お題目を唱えると心が休まります。ホッとします。日常忙しく時間に追われて生活している方、お仕事で神経をたくさん使っている方、頭を使っている学生さん、忙しく働いた体と魂が休まります。お休みになる前に、ぜひ実行してください。唱えることで、あなたの魂もリラックスし、仏様(御霊)の供養につながるのです。仏様(御霊)を供養すれば、あなたは、仏陀(釈迦牟尼仏)から無量無辺のご加護を受けるのです。幸せの宝石を受け取れるのです。お彼岸のお墓参りは、日頃お忙しく活動している方で、なかなか仏壇に掌を合わすことのできない人たちにとって、とても良い機会ですね。家族揃って、ぜひお墓参りしてください。お墓参りすることで、なかなか味わえない、幸せな気持ちになります。素晴らしいですね。

このことを地上の皆様にお伝えしましょう。合掌

<天からのメッセージ(虚空でのお話) 103>

2025年9月14日8時50分。女の仏様です。

皆様、おはようございます。今日は何のお話をしましょうか?今、皆様のお顔は明るいですね。一日のスタートですから、当たり前ですね。それが一日の終わりが近づくと、
顔にも疲労の色が濃く出てきます。身も心もくたびれてます。一般的には、眠ることで、疲労はすべてなくなるとお思いですね。睡眠は、体を休め疲労は取れるのですが、精神の、魂の疲労は、睡眠では簡単には取れません。

学生さんは学校で、お勤めの方は勤務上、人間関係やまたはサークルで、一日精一杯頑張った魂があるのです。ありがたいですね。一日楽しかった時はいいのですが、苦しい時、辛い時は問題です。ここで言うのは努力し、誠実にしていても、人の反感を買ったり、非難されたりして傷ついている魂ですね。思うように事が運ばず、悩み苦しみましたね。傷ついた魂をいたわってあげてください。ご自分でするのです。お休みになる前に、一日を頑張ってくれた体、魂に感謝するのです。

特に魂は非常に繊細です。他人のちょっとした一言で、傷ついて立ち上がれないこともあるのです。傷ついたまま、休んではいけません。そんな辛い中で頑張って生きているご自分があるのです。偉いですね。悲しいとき、苦しいとき、思うようにいかなかった時、そのことに溺れてはいけません。どんどん暗くなり、余計に苦しくなります。トラウマとなってしまいます。そんな時、ちょっとご自分を遠くの目線で見るのです。大変な状態になってますね。

物事は解決しなくても、一日の終わりに「身体さん、魂さん、ありがとう」って言ってみてください。魂をいたわるのです。物事が解決しても、その時受けた魂の痛手は、トラウマとなってしまいがちです。一日の終わりに信仰のある方は、神仏に感謝してください。とても大切なんですよ。ご自分をいたわったり、神仏につながる心が必要なんです。体と心は表裏一体です。魂は、神仏につながってます。心が神仏につながったとき、必ず目に見えない力、方法で、神仏はあなたを守っていたわってくださいます。あなたの傷ついた魂が癒されるのです。目に見えないご加護ですね。

今は、AIの時代で、神仏につながって信仰するというと、多くの人は避けてしまいます。しかし、反面、お正月になると、神社仏閣にお参りに行く人が多いのです。おかしいですね。神仏につながりたいと思うのは、人間の本能なのです。素直になりましょう。さあ皆様、お休みになる前に、体に魂に感謝し、神仏につながりましょう。掌を合わせて南無妙法蓮華経と唱えてください。魂が癒されます。

このことを地上の皆様にお伝えしましょう。 合掌

<天からのメッセージ(虚空でのお話) 102>

2025年9月8日8時35分。女の仏様です。

皆様おはようございます。朝晩めっきり涼しくなりました。暦の上では秋ですね。日の出も遅くなり、日没も早くなりました。今日は、太陽の話をしましょう。多くの人は水平線に昇る日の出、山並みや雲海に見える日の出を見ると感激しますね。

わざわざご来光を見ると言って登山する方もいますね。お正月は初日の出と言って年賀状に印刷したりします。科学研究でいろいろなことが解明でき、文明が発達し、AIなしでは生活できなくなりつつある現代でも神秘的な日の出、日没に心を打たれ、畏敬の念を以て思わず手を合わせます。これは人間にとって自然な行動なのです。私たち人類の遠い先祖も太陽の恩恵に感謝し、生活をしていました。太陽信仰なんていうのもありますが、ここで言いたいのはそういうことではありません。

私たちは毎日、太陽・空気・水・大地を意識せず生活してますが、太陽なしでは生活できないのです。太陽のおかげで樹木が育ち、酸素を作り、豊穣の大地に植物・動物が生活しているのです。太陽なしには、植物も人間も生きていけません。
古代より人類は、太陽に畏敬の念で接してました。これは祖先から人間の魂に組み込まれている遺伝子の表れです。ご来光を見て感激するのは、人間の本能です。素直な魂の表れです。朝起きたら掌を合わせなくても良いですから、
太陽・日の出に感謝しましょう。命のもとです。何気ないことですけど大切なことです。大自然とつながります。それと大切なことは、明るい顔で挨拶してください。おはようございますの一言が、心豊かな一日へとつながります。
そして「ありがとう」とさりげなく感謝の言葉を言いましょう。この3つのことを実行するだけで、あなたは変わります。決して難しい言葉ではないんです。あなたの意識が変わるのです。世の中が変わるのです。言霊なのです。

優しい挨拶、感謝の言葉があなたの人柄を優しくするのです。心豊かになれるのです。大げさに言えば、慈悲と慈愛の心が現れるのです。挨拶や感謝の言葉を受け入れた人は、悪い気持ちはしません。続けてください。人間関係がスムーズに運ばないために暗くなった世の中が明るくなります。現代の人は忙しいですね。忙しいからつい大切な日常の気遣いを見失うのです。世の中がギスギスしてしまうのです。世の中に生きづらさを感じている方、人生に行き詰まっている方、幸せを手にしたい方、
太陽に感謝し、朝の挨拶・感謝の言葉を実行しましょう。幸せへの近道です。

さあ皆様、このことを地上の皆様にお伝えしましょう。
合掌

<天からのメッセージ(虚空でのお話) 101 第二弾はじまり>

2025年9月5日朝6時半。女の仏様です。

皆様おはようございます。お久しぶりですね。今台風の影響で空は曇り雨が降り涼しいですね。台風は脅威ですが、この猛暑の中では恵みの涼しさと雨ですね。人間は本当にわがままです。暑ければ暑い!と文句を言う。雨が降らない降らないで、雨が続けば続いたでまた文句を言う。笑ってしまいますね。

さてここからが本日のお話です。人間は自然の中で生かされているのです。今の人たちは自然に逆らって生きているのです。

地球は、宇宙にたくさんある衛星(仲間)の中で生きている星のひとつです。生き物なんです。地球の中に人間は住まわせていただいているのです。えっ?てお思いでしょう。違うとお思いの方、それが人間のおごりなんです。近代文明は、人間は、地下資源を掘り起こし、使い発達しました。私たちは便利で快適な暮らしを得ましたが、地球環境は乱れ、今のような猛暑、大洪水、山火事、竜巻、干ばつなど、いろいろと災害が出ています。今、地球は悲鳴を上げているのです。

ただ暑いですね、と言って終わらせてはいけません。このままだと毎年気温は上昇し、日常生活は困難になります。真夏が40度以上になるんですよ。どうしたらよいでしょうか?私たちが持っている欲望を収め、つつましやかで地道な生活に戻らなくてはいけません。そんなの無理、あり得ないとお思いの方、簡単です。無心に妙法を唱えてください。あなたが唱えれば仏陀の力で自然と欲の炎は鎮まり我(が)はなくなり、とても生活しやすくなります。あなたが、真に欲しいものが手に入るのです。

必要以上のものは欲しくなくなり、友人関係も仕事も地球環境も全て良くなります。妙法は不思議な力を持ってます。妙法はまさに今の世の中を変え、あなたを直す妙薬です。南法蓮華経と唱えましょう。さあ、このことを地上の皆様にお伝えしましょう。

合掌

永遠の仏陀からのメッセージ『日本編』ある男Bシリーズ 3

2025年9月11日朝8時半。

『日本編』ある男Bシリーズ 3

男と青年は、沈む太陽を見つめていた。今まで何気なく見ていた太陽が、水平線に吸い込まれるように落ちていくのをただじっと見つめていた。


急に空気が変わった。昼間の営みが全て終わり、休息の世界へと導かれていくのを感じた。ニ人は黙々と歩いた。簡素な宿に着いた。それは、老人が営む、ローカルな鉄道沿いにある民宿で古い家の周囲に畑がわずかに広がっていた。旅の者が体を休めるだけのしつらえで余計なものは一切なかった。老人(宿の主人)は、ニ人を笑顔で迎えた。静かで温かい雰囲気がにじみ出ていた。日没に心を奪われていたニ人にとって、老人の姿は最高のもてなしだ。
老人は、潮風にさらされて、磯の香りに包まれているニ人の姿を見て「風呂が沸いてます。食事の前にいかがでしょうか?」としわがれた声で言った。旅のニ人は、老人の言葉に従った。青年は、湯船につかり、一日の出来事を思い出していた。

あくせくして働いていた都会の日常との違いを肌で感じ、緊張した神経が解きほぐされ、今まで気づかなかった本来の姿に近づいていく心地よさに浸っていた。男は薄暗い風呂場で湯船につかりながら、会社や家族の束縛を振り払うようにして出てきた自分と、今まで考えようともしなかった自分の魂の存在を、命の重みを新鮮に受け止めていた。先ほどまで見ていた空、海、風、波、太陽に自分が溶け込んで一体となっていた。風呂の湯も、今までとは違って見えた。湯そのものが、ありがたかった。民宿の老人の作る夕食は、心がこもっていた。宿の目の前の畑で採れた野菜、近場でとれた魚を素材として簡単な調味料で作った料理からは、生命力がにじみ出ていた。
海を見ていた旅人ニ人の魂にとって目の前の料理が眩しかった。料理の1皿1皿をゆっくりと味わった。米一粒、魚、野菜ひとくちを噛みしめながら…。今まで都会の生活ではありえない魂の開眼だった。
1つ1つ、生き物として生きている命をいただくこと。作り手の愛情や今まで当たり前だと思っていたことすべてに対する感謝の念が自然とこみ上げてきて魂を満たしてゆくのだった。